わたしという大きな幸せ
第二章
「ふむ……なんだ、あれは……」
大幸が立ち寄った近所のコンビニで、騒ぎは起こった。
レジの前でカバンの中身を床にぶちまけている女がいたのだ。
あわあわ言いながら、どうやら彼女は何かを探している様だ。
レジの店員はどう対応していいか判らないかの様だ。
「かわいそうに…どっちも」
大変な人。近づきたくない人。
関わってやる尊大な心は「今は」持ち合わせてなどいない。
「そう、俺には時間の余裕なんて無いのだ」
大幸はパンコーナーに行き、メロンパン、アップルパイ、サンドイッチ、財布、蒸しパンを手に取る。
そう、俺は甘いものには目が無いんだよな〜と思いつつも、新商品のチョコレートパンに手を伸ば……財布?
彼の手の中には、女の子が持っていそうな可愛いどこかのキャラクターの描かれたピンク色の財布が握られていた。
さてさて、これは何事か。そう思いつつも、自分の用事だけは着々と進める。
ドリンクコーナーにて、お気に入りメーカーのメロンソーダを手に取る。
そして、口直しの飴を一パック。
合計、859円。千円の予算内に抑えた。よし。
さっそくレジに向かい、目指す方向を見ると先ほどの女の子が店員に話しかけている。
それはもう、必死に。
「ごめんなさいっっ!お金……持ってきたんだけど、ちゃんと入れてきたんだけど、見つからなくって……。でもでもっちゃんと持ってきたハズなのっ!手に…。本当に……どこいっちゃったんだろう……!!」
お気に入りだったのに。と、口だけを動かして最後の部分だけ聞こえないように言う。
「あ、あの〜、店内を探してみてはいかがでしょうか……?」
若いおにいさんの店員は俯く女の子に向かって幼い子供に語りかる様に上から……と同時に顎を強く打った。
……その女の子が急に顔を上げたのだ。
「それよっ!!…………痛ーーーーっ!」
遠くから見ていた俺の感想は一つだけ。
「鈍いな……。色々と。」
そんな事を呟きつつも、女の子のいたレジとは反対のレジに並んだ。
並んでいる時にふと思い出した。
「……ん?この財布は……もしかしたら彼女のかもしれない」
どこのどの世界に商品の棚に自分の財布を忘れる奴がいるだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
必死に財布を探している女の子を見たら心がズキズキしてきた。
レジで支払いを済ませ、大幸はお菓子の棚の下を覗き込んでいる女の子に向かって、
「君の落とした財布ってコレのことかな?」
と、問いかける。
「え…………?」
よく見れば、そいつも俺と同じ制服を着ているではないか。……同じといっても、もちろん女子用のだが。
幼いながらも、女性らしさを漂わすキレイな顔立ちに、小さな口、整った鼻。それにとても良い匂いがする。
フローラルだろう……か。
大幸を見上げた彼女の瞳は、美しく健やかな光を放ち、異様な魅惑を放ちながら大幸の目を捉える…………と、突然。
「あぁ〜〜!!あったぁ!!!ありましたよぉ〜〜〜!店員さ〜〜〜〜ん!!」
俺の手から財布を奪い取り、直ぐにレジの方向に走って行った。
店員さんも、ほっとした様だ。そりゃそうだ、こんな騒々しいお客、邪魔なだけだからな。
ま、良かったと思いつつ、自分の買った昼飯をカバンに詰め込み、コンビニを後にした。
学校へと歩き出して五分、後ろから呼ばれる声がするまで歩き続けていた。
……本来は学校まで直進のハズだったのだが。
「……ちょっと〜〜!……待ちなさいよ……〜!」
後ろを振り返ると、先ほどの女の子が息を切らして走ってきているではないか。
大幸もそこまで薄情な奴では無いので(今は)、自分の近くに来るまで待っていてあげた。
「はぁ、はぁ、こ、コンビニの前で待ってって言ってたのに、は、はぁ、はぁ」
長い間走って来たかの様に息を切らしている。俺はそんなに距離は歩いていないのだけども。
「い、い……?人の、話は、ちゃんと、聞きなさい!!」
俺の目の前で息を切らしながら怒鳴り散らす彼女は俺に対して説教を始めた。
…………あの〜、今日が初対面ですよね?
目立ちますからおやめくださいと、心の中で問いかけるも必死の形相の彼女に言えるハズも無く。
「……ふん。まぁ、いいわ。財布も拾ってくれたんだしね?」
おちついてきた彼女はふと目をそらす。
また、小さく聞こえないように俯きながら呟く。ありがとう、と。
なんだ、彼女はさっきのお礼を言いにここまで走ってきてくれたんだ。と、少し良い気分になった時。
「借りが出来たわね……決めた。」
…………何をだ?
彼女は俺に人差し指を指し、言い放つ。
「喜びなさい!今日からお前は……私のペットよ!!」
…………とんでもない事を言う。
唖然とする俺の目の前で、彼女は自分のペットに首輪を着けようと……って
「オイオイ!!待てまてマテ!」
後ろに飛びのきながらも首輪から逃れる。
「なによ!?私の財布を盗んでおきながら逃げる気……?」
「はぁ……!?」
彼女は憤然とこちらを睨み、言い放つ。
「そのポケットの中身が証拠よ!!!」
今度は俺の右ポケットを指差しながら、言い放つ。
何を言っているんだまったく……って
「おぉ!?」
反射的にポケットに手を突っ込むと同時に、手に異物感を覚える。
ま、まさか…………あった。あってしまった。
ど、どうしたことか……俺は無意識にスリの技術を身に付けてしまったというのか……いやいや!
「どう?わかったでしょ?お前は私のペットにならなければいけないの。それが嫌だって言うなら……」
そのとんでもない女は、少し先の方にあるであろう、交番を指差した。
「…………わかるでしょ?」
にっこりと笑ってみせるその笑顔は、さきほどの天使のような姿は消えうせ、悪魔のような表情を垣間見せる。
「な……ちょ……」
呆然と立ち尽くす俺に近づき、
「判ったでしょ?私に逆らうと、あそこ行きなの。さ、自分で付けなさい?」
大幸はその首輪を受け取り、……よく見れば宝石があしらえてあり、かなり高価そうな……、それを首に付けた。
首輪を取り付けた大幸はなんとも覇気のない声で聞いた。
「てゆうか、お前何者だよ…。こんな高価なモン…」
目の前の主人気取りのそいつは、上から目線で偉そうに言い放つ。
「ペットのくせにお前呼ばわりは許さないわ。いい?私の名前は高峰広華。それと、下の名前で呼びなさい」
その名前を頭の中でなんどか繰り返して覚えこむ。
「わかりました……広華」
それを聞いて、満足そうな笑みで大幸、いや、自分のペットに言い放つ。
「これでお前は私のいいなりね?」
今日は快晴、天気良し。
お日様も、出勤のサラリーマンや主婦、登校する生徒達、全てを照らし出し、おはよう、と語りかける。
春の陽気に踊らされて、人々は爽やかな気持ちで今日という日の始まりを感じる。
一人の人間、いや、ペットを除いては。
そのペットのとなりには絶世の美少女、花も恥らう乙女、高嶺の花。
華麗なたたずまいに、華奢な身体。大きな瞳に整った顔立ち。
道行く男達が見とれ、鼻の下を伸ばす中、すれ違う女達も見とれて溜息をつく。
まさに一輪の花と例えるに相応しい彼女。
しかし、そんな美しい乙女と一緒に登校しているにも関わらず、となりの男は暗くて深い溜息をつくのであった。
首には流行のファッションでもなんでもない、首輪。唯、宝石が目立つ。
――――――――とんでもない目に合った。なんで俺がこんな目に。とりあえず口から出たものは1つ。
「…………………………はぁ」
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