欠落-vacancy-

第一章 「隼」


 そこは廃墟。
 さっきまでは普通に列車の行き来する駅だった。
 この線路はここが一番端っこ。
 今は多少混乱しているが次の駅から不自由なく列車は行き来している。
 もともと列車を使う人なんて少なかったし、ここに列車が通っている意味はほとんどなかったから。
 一部の人達を除いて。

「ずいぶん壊されているな……」
 一人の男が瓦礫の上で言う。彼は今まで俺らの先生だった人だ。
「う〜ん、いいですねぇ、この雰囲気」
 彼女はよくわからないが、なにか知っていそうな人。
 廃墟の中には他に、俺と女の子がもう一人。
「ケット・シーでも呼んでみましょうか」
「ああ、いい考えだ。気に入ってくれればいいのだが」

 しばらくすると大きめの一匹の猫が現れた。
「おお〜なんていい環境。ここ、自由に使っていいんか?」
 その猫はここが気に入ったらしい。
「そのままここに棲みついちゃってもらえると助かるんですが」
「おーけー。そじゃ、一眠りするから」
 そう言うとその猫は丸くなって寝てしまった。
 女の子二人は向こうで何か話していた。
「それじゃ出発するぞ」

 次の駅まで徒歩30分。正午までまだ時間があるので暑さは気にならなかった。
 その間はほぼ無言。その理由はまだなんか色々と頭がついていけないから。
 もう一人の女の子のほうはさっき少し説明を受けたらしいが、やっぱりついていけてないみたいだ。
 次の駅に着くともう一人、俺らの仲間だった人がいた。
 合流して電車に乗る。ここからは長い列車の旅だ。
「ケット・シーが気に入ってくれてよかった。これで政府のやつらもうかつに手出しできないだろう」
「そうですね。こっちは色々用がありますし」
 あの二人は前から色々知っていたらしい。初めに大雑把に話してもらったがそれでは理解できなかった。
 今は廃墟となった駅前の塾生だった俺らの先生だった人は有馬晴樹。
 女の人は白亜、という名前らしい。
 俺は五十嵐隼。もう一人の女の子は西崎咲奈。後から合流したのは佐藤悠真。

 到着するまで話すでもなく、ぼーっとしていた。
 俺らが乗ったのは最後尾。
 西崎はその一番後ろから外に出て風にあたっていた。俺も行こうかと思ったが今は話す気分ではないのでやめておいた。
 列車には他の人がほとんどいない。貸切状態である。
 俺は少し椅子に横になった。
「なぁ、悠真」
 近くにいた悠真に話しかける。
「どうした、隼?」
「これから俺らはどうなると思う?」
「どうって……なるようになるだろ」
「そうだよなぁ」
 そのまま時間だけが過ぎる。

 気がつくとそこは廊下。後ろには階段。奥は暗くて見えない。
 廊下の左側には学校の教室のように部屋ごとのドアの上に小さな看板があって、それがいくつも並んでいる。
「あ、そうだ。この教室へ行くんだっけ」
 手にはメモ用紙が一枚。俺の手帳から一枚破ったものだ。
 紙には4028と書いてある。
 窓から外を見ると外の景色が高い。一番近くにあった看板には4001の文字。
「ここは4階の1号室ってことかな?4028だからかなり離れているな……」
 とぼとぼと歩き出す。
 静かな廊下。音は外から聞こえる虫の鳴き声と自分の足音くらい。
 通りがかった部屋の中を覗いてみるが中には何もない。
 部屋の窓は締め切ってあって、内装は学校の教室に似ている。
 椅子や机といったものはないし、黒板にも使われた形跡は無い。
「どんな施設なんだ、ここは?」
 その疑問に答えてくれる人は今はいない。
 それは置いといて早く4028の教室へ行こう。
 再び歩き始める。
 時刻は4、5時といったところ。
「ほかのやつらはどこに行ったのかな」
 そんなことを考えながら歩いていく。
………4009、4010、4011、4012………
 同じ風景が坦々と続く。変わるのは看板の数字のみ。

………4026、4027、4028。
「ここか」
 外はもう薄暗い。先にはまだ部屋が続いている。
 この部屋は他の部屋とは違って電気がついていて、部屋の中には本棚が見えた。
 静かにドアを開けると中には西崎がいた。
 真剣に本棚を見つめている。こちらには気付いてないみたいだ。
「西崎もここにいたのか」
「隼!びっくりしたぁ〜」
 一瞬体をビクッとさせて驚いていた。
 ごめんごめん、と言いながら部屋の真ん中にあった椅子に座る。
「ほかのやつらは?」
「ん〜わかんない。私もここにきたばっかだし」
「ケータイも繋がらないか……ところで何してんの?」
 本棚に何かあるのか。
「暇だから何か面白そうな本あるかなーと思って」
「ふ〜ん」
 俺はぼーっと前にある窓から外を見ていた。
 見ていた、というよりただそっちを向いていただけのような感じであるが。

 気がつくと窓から外は見えず、部屋の明かりにより窓は鏡のようになって、自分の姿と部屋の様子が映されていた。
 時刻は7時になろうかというとこ。
「……なぁ、俺ら何しに来たんだっけ?」
 ふと西崎に話しかける。
 が、反応が無い。
 部屋を見渡すが誰もいない。
「あれ?」
 さっきまでそこにいたのに姿がない。1、2時間前の話であるが。
 どこへいったんだろう?
 そう思って部屋のドアを開けて廊下に顔をだしてみる。
 いつのまにか廊下は蛍光灯で照らされていた。
 左右どちらにもさほど差の無い風景。
 違う場所といえば看板の数字と、右には小さく壁が見えた。
 物音一つしない建物。
 窓はやはり鏡のようになっていて外はよく見えなかった。
「はぁ……」
 ため息をついてドアを閉めた。
 行く当てもないし、勝手に出歩いたら迷いそうな気がするし。
 また椅子に座ると机の上に一枚の紙切れがあることに気付いた。
「えっと、2003?また部屋の番号かな」
 この字の感じは西崎の字だ。
 使われている紙は俺の手帳の紙。胸の内ポケットに入っていた手帳を開いてみると破いた跡が2つある。
「いつ破いたんだ?」
 というかさっきの2時間、俺は何をしていたんだ?
 ただぼーっとしていただけのような気もするが、記憶が抜け落ちているような。
 記憶が完全に無いかどうかはわからないが曖昧である。
 考えても、ただぼーっとしていたという記憶しかない。何を見ていたのかもわからない。
 その時西崎が近くにいたかどうかもわからない。
 俺が来た時この部屋にいた人は本当に西崎だったのか?
 毎日のように会っていた俺らは塾生は人数も少ないし後ろ姿、雰囲気だけでわからるくらいの知り合い。
 そんなやつらを改めて顔を見て確認しないだろう。
 その時は直感でわかっていても、後から考えると出てくるのは印象の強い顔だけでその時の顔は出てこない。
 俺にとって10名足らずの小さな塾の仲間たちはそんな感じだった。
「くそっ、なんなんだ……!」

 西崎が書いたと思われるメモの2003という番号の部屋に行くことにした。
 4001の部屋を通り過ぎて、そこから来る時に上がってきた階段を下りて行く。
 階段は下方向にしかなかったのでここが最上階だったことがわかった。
 階段を二階分下りて廊下にでる。
 変わらない風景。
 この階もさっきの階と同じだった。物音一つしない、果てしなく続く廊下。
「気味が悪いな……」
 三つ目の部屋。ここだけ部屋の電気がついていた。
 4028の部屋とは違って他の部屋と変わらない何もない部屋。
 ドアを開けると中には塾の仲間である、秋月が部屋の真ん中に立っていた。
 秋月薫、仲間の中ではリーダー的な存在だった。
「薫………」
「俺は行くことにした。みんなのためにも………隼、お前も来るならけじめをつけて来いよ」
「薫は何処かへ行くのか?俺らはいつまでも一緒じゃないのか?」
「もう俺は決めたんだ。他の奴らはどうするかわからないが俺はお前らには今まで通りに過ごしてほしい……」
 みんなと今まで通り過ごしたい。それは俺も思っている。今まで通り、何も変わらず日々を楽しんで過ごしたい。
「……何で急にそんな事を言うんだ?」
「隼はまだ何も聞いてないのか?………それはよかった。隼には引き止められると思っていたからな……」
 そう言うとすぐに薫は部屋を出ていった。
「俺が引き止めそうな事……?待ってくれ!!」
 薫を引き止めようとしたがもう姿は無かった。
 そもそも俺らはなんのためにここに来たんだ?知らないのは俺だけなのか?
「くそっ……!」

 適当に建物の中を歩く。
 もうさっきの部屋を出てから30分くらい経っただろうか。
 情報は何もない。わかるのはここが巨大な建物の中で、今は夜だということだけ。
 2003、この数字の部屋には偶然薫がいた。
「偶然……?」
 俺はなぜこの部屋へ行ったんだっけ?
 ああ、西崎のメモを見たからか。
「西崎は何か知っているのかもしれない……!」
 俺は何の当てもなく西崎を探し始めた。
 とりあえず今いる2階は2003を過ぎてからずっと歩いてきてもう反対側の階段だ。
 つまり2階は一応見て回ったことになる。
 部屋の中まで確認してはいないが、大きな変化があったら気づいているだろう。
「3階か1階か……」
 何故4階を候補から外したかは自分でも解らない。
 4階からいなくなった西崎を探すのに4階に行く必要はない、か。
 そんな思考回路だろう。しかしその考えは相手が動いてる場合には何の意味もない。
 そう考え直す。
 しかし、じゃあ4階に行くか、と誰かに聞かれたら答えられない。
 確立はみな同じなのだ。
「……悩んでても仕方ないな」
 俺は1階に向かった。
 理由は、下る階段のほうが手前にあったから。


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